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2010.10.29 (Fri)

「許し」は成り立たない

前回の記事で、
「許すと決めたときに自分の間違いに気づく」、
と書きました。

ということは、そもそも自分が間違っているのですから、
私が正しく相手が悪い、だから相手を許す、
というのは成り立たないことになります。

この考えは、「怒らないこと2」から学びました。

怒らないこと 2 (役立つ初期仏教法話11)
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サンガ
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おすすめ度の平均: 4.5
5 怒りの正体とは?だからこうやって消す
3 正直がっかりでした。
3 前作と比較すると?
4 慈悲を育てる
5 素晴らしい本です。


こんなことが書かれています。

なにもかにも、一切のことが「不完全」というのが本当の姿なのに、
いったい何を「許す」というのでしょうか。

自分も間違いを犯し、他人も間違いを犯す人間同士であるならば、
許すも許さないも成り立たないと思います。

その通り・・・(汗)。

「許せない」というのは、「怒り」の感情ですね。

前回書いた学びは、
「許すと決める」=「怒りの感情から解放される」
ということを実感した、ということなのでしょう。

ではもっと早く、
自分の中の「怒りの感情」に気づけたらよいのでは。

ということを、本書でじっくり学んでいます。

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タグ : 許すこと

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2010.10.25 (Mon)

「許すこと」からの学び

深く傷つくことを言われても、
信じていたことがウソであっても、
相手を許せるでしょうか。

どうしても許せないなら、相手との関係を絶っても、
よいのだと思います。

無理に、我慢することはない。

許さずにいることと、許すと決めることと、
気持ちが楽な方を、選んでいいのでしょう。

気持ちが楽になるなら、
思い切って許すと決めるとよいかもしれません。

また違った見方ができるからです。

例えば、

「相手はなんであんなことを言ったのだろう。
 こっちが悪かったかな。そういえば・・・。」

「あの時は頭にきたけど、
 相手とはこんないいこともあったよな。
 あらためて相手のよさを思い出したよ。」

というように。

私の場合、自分の間違いや、
忘れていた相手のよいところに、気づきます。

だから、許すことは、相手をどうこうすることではない。

自分を見つめ、間違いを正し、
自分が成長するための学びなんだと、

とても大きな気づきがありました。

タグ : 許すこと

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